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アパルトヘイトとは?



南アフリカでアパルトヘイトという差別があったそうです。
アパルトヘイトという言葉は聞いた事があるのですが、どのような差別だか知りません。
調べてみました。
以下俺まとめメモ

アパルトヘイト

アフリカーンス語で分離、隔離の意味を持つ言葉。
特に南アフリカ共和国における白人と非白人(黒人、インド、パキスタン、マレーシアなどからのアジア系住民や、カラードとよばれる混血民)を差別的に分ける人種隔離政策のことを指す。
1948年に法制化されたが、80年代後半は、国際社会から激しい非難を浴び、経済制裁により経済的に行き詰まった結果、1991年に当時のデクラーク大統領が法律撤廃を打ち出した。その後、1994年全人種による初の総選挙が行われ完全撤廃された。
国が政策の一つとして行っていたとは驚きです。
今の時代では考えられないですね。
では、もう少し詳しくメモしておきます。
内容

アパルトヘイトという言葉は、1913年の原住民土地法に登場する。
差別される側の黒人は約2500万人、インド系住民約90万人に対して、白人は490万人にすぎない。
白人政府は、「南アフリカにはたくさんの民族が住んでいて、それぞれ違う伝統や文化、言語を持っている。それぞれの民族が独自に発展するべきだ。アパルトヘイトは差別ではなく、分離発展である」と表向き主張した。しかし、ねらいは少数の白人による政治的経済的特権を維持し、安価な労働力を非白人から供給することにあった。
白人達が黒人達を白人の10分の1以下の給料で働かせ、しかも失業が多いため、一人の給料でたくさんの親戚を養ったり、空き地に粗末な小屋を立てて生活する人たちも多勢いた。
黒人達が住むホームランドや黒人居住区の道路は舗装されていない道が多く、舗装されていても穴が多く、維持・管理が不十分であった。
人種分類

アパルトヘイトでは法律で人種を次の4通りに分けた。
・白人(イギリス系住民と、アフリカーナー-オランダ系を中心とするアフリカーンス語を話す住民。白人間でも出自によって差別があった。
・カラード(白人と、サン人やコイコイ人など先住民族との混血を中心にした混成グループで、奴隷として連れられてきたインドネシアやマレー系の住民との混血も含まれる。使用言語はおもにアフリカーンス語)
・アジア人(インド系、マレー系住民が主)
・日本人は1961年以降、経済上の都合から「名誉白人」扱いとされていたが、白人との結婚も、人種の違う人間がおなじ場所に住むことも許されなかった。のちに、韓国人も同じ扱いとなった。また、国際的に孤立していた南アフリカと数少ない国交を持っていた台湾の人間は、白人と同様の扱いであった。
・黒人(南下してきた、ズールー、ソト、コーサ、ンデベレ、ツワナなど、バンツー系民族)
名誉白人とはなんでしょうか?
お金くれるから差別しませんよってこと?
差別の内容

原住民土地法、バンツー自治促進法、バントゥースタン(ホームランド)政策など

1971年に実施された。国土の13%にすぎない辺境不毛の地に設けたホームランドといわれる「国」を10地区作り、白人の何倍もいる多数派である黒人をそこに住まわせ、最終的には独立国としようとするのであった。といっても、それは名目上であって、目的は黒人を他国の国民として扱うことで、彼らから南ア市民権や参政権を奪い外国籍の出稼ぎ労働者として扱おうとするものであった。さらに、絶対多数の黒人を南アから出す事で白人が多数派となり、少数派であるカラード、インド系人と、「見かけ上は差別はない」が「実質は白人優位の」多人種社会の再構築をも目論んだのである。黒人の反対にもかかわらず、トランスカイ、ボプタツワナ、ベンダ、シスカイの4地区は「独立」(1976年~1981年)させられるものの、国際的には独立国として承認されず、むしろ国際社会の非難を浴びることになった。

隔離施設留保法

レストラン、ホテル、列車、バス、公園に公衆トイレまで公共施設はすべて白人用と白人以外に区別された。白人専用の公園などの場所に立ち入った黒人はすぐに逮捕された。

集団地域法

人種ごとに住む地域が決められた。特に黒人は産業地盤の乏しい限られた地域に押し込められ、白人社会では安価な労働力としかみなされなかった。

雑婚禁止法

人種の違う男女が結婚することを禁止された。

背徳法

異なる人種の異性が恋愛関係になるだけで罰せられる法。
その他、就職、賃金、教育、医療、宗教など、日常生活の隅々にわたって非白人を差別する政策が、無数の法と慣行で制度化されていた。しかし、これらの差別法を非白人に守らせるには膨大な警察、管理機構が必要であり政府予算の半分近くがアパルトヘイト維持のための関連支出になってしまった。これらは白人納税者にとっても負担であり黒人の熟練労働を禁じたことも経済成長のうえでマイナスになった。
これだけの事をよく出来たなって思います。
膨大な予算を使ってまで自分たちより大多数の人種を差別するなんて、当時の白人はとても傲慢ですね。
反アパルトヘイト運動から政策撤廃まで

代表的な反アパルトヘイト運動として、ネルソン・マンデラ氏が所属していたアフリカ民族会議(ANC)や南アフリカ・インド人会議(SAIC)などがある。1980年代に入ると、国内各地でますます反対運動が激化、また、国際的な経済制裁を受けた。これらを受け、1989年9月に大統領に就任したデクラークは撤廃に向けての改革を進展させた。91年2月にはアパルトヘイト政策の廃止を宣言し、6月には人種登録法、原住民土地法、集団地域法が廃止され、アパルトヘイト体制を支えてきた根幹法の最後の法律が廃止された。そしてようやく、1994年4月に全人種参加の初の総選挙が行われ、憲法が制定され、ネルソン・マンデラが大統領になり、アパルトヘイトが完全に撤廃されたのである。
 当時の世界経済の背景には、当時冷戦下における西側諸国は、南アフリカ共和国がレアメタルの独占的産出国であり、南アフリカ共和国からこれら資源を輸入しなくては、敵国ソ連から輸入せざるを得ない状況であった。それ故にアパルトヘイト政策を非難する経済制裁を発することが出来ず、南アフリカ政府はアパルトヘイト政策を継続できた。ところが冷戦終結により旧東側諸国からのレアメタルの資源供給が容易になり、南アフリカ共和国の国際社会での立場が弱まり、欧米などから経済制裁を受けたことがアパルトヘイト撤廃に繋がっていった。

アパルトヘイト廃止後

アパルトヘイト廃止後の南アフリカ共和国のことを話し合うために全18政党・組織が参加した民主南アフリカ会議が1991年12月と1992年5月に開催された。交渉中に組織どうしの武力衝突が起こりしばしば交渉は中断、延期されるものの1993年4月に選挙までの政体として全政党・組織が参加した暫定政府を同年12月に発足させることに決まり、同時に暫定憲法も制定した。
1994年4月にようやく全人種が参加する選挙が行われ、5月にネルソン・マンデラが大統領となり新政権が樹立された。
マンデラは民族和解・協調を呼びかけ、アパルトヘイト体制下での白人・黒人との対立や格差の是正、黒人間の対立の解消、経済制裁による経済不況からの回復に努めた。
ツツ主教を委員長とする真実和解委員会を発足させ、人権侵害を行ったと指摘された人物・団体は刑事訴追を行った。経済政策として、失業問題を解消させ、不平等な土地配分を解決し、住宅問題の解決を図り、上下水道などの衛生施設の完備をし、2000年までに250万世帯を電化するといった計画を発表した。しかし、実施機構整備の遅れ、財源不足、人材不足から達成するにいたらず、特に黒人への富の再配分の実施は遅れ、失業は増大し、社会犯罪は激化した。このことが先進諸国からの投資や、企業進出を妨げる要因となっている。このような状況から黒人の新政権への不満が高まることになった。
その後、ターボ・ムベキが新大統領に就任した後も状況は変わらず、失業率は3割を超え、犯罪率も高く、またエイズが蔓延している。
現在では、多くの白人たちがこの国を離れ、残された人々は混乱の中で暮らしている。美辞麗句が散りばめられたこの運動は皮肉にも国民の幸福には繋がってはいない。貧困の差が拡大し、黒人のなかから200万人規模の富裕層が生まれる一方、貧困層が二倍に拡大している。
ん~。
廃止になったけれど、まだまだ問題が山積みのようですね。

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